めぐりあう時間たち DTSスペシャルエディション [長たらしい映画評]

めぐりあう時間たち DTSスペシャルエディション
監督:スティーヴン・ダルドリー監督
出演:ニコール・キッドマン,メリル・ストリープ,ジュリアン・ムーア他
アスミック
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ぶっちゃけ(kimuratakuya)、よかった。
監督のセンスが素晴らしいということもある。原作が素晴らしいということもある。ヴァージニア・ウルフという存在が素晴らしいということでもある。煎じ詰めればウルフの小説『ダロウェイ夫人』が傑作だということでもある……。
素晴らしづくめの題材素材に、決して負けない女優群! 殊にジュリアン・ムーアの登場場面、私はほぼ全部泣いていた。泣かせるような場面でなくても、ちょっとした動作の端々に、揺さぶられた。なんか誉めてばっかりだ。近年の映画の中では一番興味深い作品だったかもしれない。
ただ、観たあとしばらく虚脱状態だった。もう一度『めぐりあう時間たち』を観る時には、私は体力作りから入らなければならないようだ。クラリッサと一緒にぼろぼろになってたから……。

凄い凄い言ってるが、それで一体どういう作品なのかが、一言ではとても説明しできないというのも、この映画の特色の一つ……。
この映画の宣伝文句を聞いていると、「あれ? そんな話だっけ?」…と、微妙なずれを感じることがある。分かりやすくまとめすぎて、まるで間違って薄めすぎたカルピスの味みたいで。確か、女たちが他の誰かはなく自分自身で人生を選んだとか、みょ〜に前向きな説明になっていたと記憶している。でも、私が観た限りでは、そんな前向きな内容じゃなかった。もしかすると私が見間違ったのか?

たとえば、ヴァージニア・ウルフのエピソードでは、冒頭で彼女は入水自殺をはかろうとしている。でも、結末近くでは、ロンドン暮らしに復帰を決めたりしてる。ローラ・ブラウンのエピソードでも、女が自殺を考え、それもほとんど実行されたような場面が映される。だが、そのあと彼女は生に戻ってくる。
あくまでも私個人の感想だが、この経過は、「彼女は死ぬのをやめて生きることにした」という一方通行的な展開ではないように思える。彼女たちが「死」に傾く世界と「生」に傾く世界、両方があって、別々にドラマが進行しているような印象を受けるのだ。多元宇宙式?
個々に流れている時間たちは、ずっと平行して流れ続けるわけではない。途中で合流する(=めぐりあう)こともあり得る。また、何かを決断しなければならないとき、どちらかを選んで答えを出した瞬間などに、切り離されることもあり得る。切り離された彼女の一部が、どこかでもう一つの人生を生きることをも想像させる。
何かを選択する瞬間には、選択されなかった側でも別の物語が生まれるのだ……。
やっぱり説明しづらい。助けてアインシュタイン。

クラリッサのエピソードだけが例外で、自殺を考えるのが彼女自身ではないし、女じゃない。死の扱いも、他の二人のようにファンタジックなものではなく、なまなましくて衝撃的である。でも、彼が死んだことで、クラリッサが解放されたようにも見えた。痛みを伴う解放。

kotaniriko

2004-12-01 16:20:03 | Permalink | コメント(0) |



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