誕生! 納豆バナナブーツの伝説 [フレックス社員、危機一髪]

 トイレで歯磨きをしていたら、「なんか、くさくない?」「くさい」「くさいよね」「何のにおい?」と皆が騒ぎ始めた。匂いのもとはどこか探り当てなければ気がすまないらしく、数人がにわか調査団を結成。腰を屈め、目線を低くして、きょろきょろ。「ここじゃない?」約一名が、洗面台の下の戸棚をバターンと開けた途端、もわ〜。「ああっ、木谷さん大丈夫?」「う、うん、多分……」匂いが強くなったせいで、私は歯を磨きながらも思わずよろめいてしまったのだった。
 何とも言いようのない匂いの源は、戸棚の奥にしっかとしまいこまれていた。場所がトイレだけに、匂いといえばまあ理由は色々考えられるが、××でも○○○でも△△△△でもない匂い。しかし、これが全く初めてというわけでもない、何となくかぎ覚えがあるような気がする。どこか、なつかしいような……。
 誰かが言った。「なんか、納豆みたいな匂い、しない……?」
 私は最初、バナナの腐ったような匂いだと感じたのだが、言われてみれば納豆くさいような気もしてきた。
 内容物をあらためた人が言い出した。「ブーツだよ!」
 どよめきが起きた。「ブーツがくさかったんだ」「くっさ〜」「納豆かと思った」「っていうか、なんでこんなところにブーツがあるの?」「知らなーい」 騒ぐ一同。その端っこで、歯ブラシをまぬけに口に突っ込んだまま、私は考えていた。
「なぜ、納豆がブーツなのだ……?」

 やはりな。女子トイレは、常にホラーやミステリーの舞台となってきた。学校においては、花子さん又はハリーポッター。無論、社内においても、もっとも危険で秘密めいたところである。まだ歴史の浅い我が社であるが、今、ここから数々の怪談や伝説が生まれ出ようとしている。その一つが、納豆風味のブーツの物語なのである。

 なぜに、トイレにブーツがあるのか? 察するに、置き場所に困ったからだろう。うちの会社には、個人用のロッカーがないので。
 おもては雪。大抵の人がブーツで出社している。社則でロングブーツ着用は禁止されているし、実際問題として動きづらいので、勤務中に足元を変える人は少なくない。通常、履き替えた靴は、自分の席の足元に置いておく。まあ、そこしかない。選択の余地がないのだ。
 こういう時だ、小さくてもいいからロッカーの一つもあればなと思うのは。就業場所に私物を持ち込む必要はないことくらい、承知しているが、それでも女の荷物はかさばる。机の下は窮屈だ。長いブーツともなれば、尚更スペースをとる。困った彼女(どこの部署のどなたかは存じ上げないが)は、汚れたブーツをそこに置くことにしたに違いない。

 自分のデスク周りで間に合わない人たちが、いつからか、歯ブラシやコップ程度のものを洗面台の下に置くようになった。管理部で許可を出したような記憶はないが、毎日持ち帰るようなものでもないので、黙認されているような格好である。(私は毎晩、おうちで歯ブラシを洗って乾かすけどね☆)

 そこにあらわれた土足は、かなりの衝撃を与えた! 人が口の中に突っ込む歯ブラシ、口の中をゆすぐコップと同じ場所に、汚れた靴類を並べておくなんて、ちょっと考えられない。日本人女性の感覚とは思えないのだが、さすがに海外資本の会社は大らかだ。(絶対、問題が違う) それも、あたかも納豆のような異臭をもうもうと放ち、度肝を抜いた。クリティカルヒットが出た。この納豆バナナブーツならば、長らく語り継がれる社内伝説としての素質を、充分に備えている。
 バナナは、私が思っただけだったけど。

 納豆、バナナ、ブーツ。形も色も手触りも全く似ていない、このばらばらに打たれた三つの点をつなぐキーワードは、ずばり「臭い」であった。「臭い」と書いてニオイと読むかクサイと読むかは、個人の自由である。その一言を当てはめた時、納豆たち(たちって。一緒にしていいのか)は同じステージに上がり、輪になって踊り出す。
 二人では円とは呼べない。輪になれない。丸くなって踊るためには、少なくとも三人、必要である。納豆のような臭いにふりむいた時、そこに横たわっていた蒸れ蒸れブーツ。その臭いは、腐ったバナナを想起させるものでもあった。ブーツは急遽、スカウトされた。こうして、役者が三人そろったのである。
 納豆とバナナはといえば、あらかじめ、裏で手をとりあっていた。

 記憶は、小学生の頃までさかのぼる。学校給食。食べ盛りの子供はそれを食うため学校へ行くという噂も聞く、お愉しみのひとときに。私は突如、ねばねば地獄に突き落とされた。廊下から流れてくる空気に、納豆のような色がついていることに気づいたのである。空気は甘くねっとりとしていた。姿形はまだ見えぬうちから、臭気のみが粘っていた。納豆じみた臭いのもとはずんずん近づいてきて、やがて教室に届けられた。
 クラス全員分のバナナを一つにつめこんだ、巨大な透明袋だった。
 その内容物は。お世辞にも、きれいとは言いがたかった。柔らかい果物なのに、全部一袋に入れて持ち運んだせいもあるだろう。わりと熟したバナナだったせいもあるだろう。あんまり黄色くなくて、皮がだいぶ黒ずんで、傷みを訴えていたのだ。熟れた果実は、良くも悪くもにおう。袋の口が閉められている段階でも、バナナ臭はけっこう外に漏れていた。
 口を開けた途端、袋にこもっていたバナナは、いっせいにもわ〜っと臭いを放出した。たちまち教室中に充満したそいつは、もはやガスであった。そう、そのバナナガスを、私はなぜだかものすごく納豆くさいと感じたのだった。糸ひき粘る臭さ。

 最近のブーツ事件をクロスさせてみる。棚の戸がしっかり閉まっている状態でも、ブーツの臭いは外に漏れていた。開く前から臭いが分かってしまう、この点で、ブーツ事件とバナナ事件は符合する。もう一点。臭気は充分にためこまれており、開けたら即、もわ〜っと空中に解き放たれた。このことでも、二つの事件は奇妙に符合するのである。

 バナナのエピソードに戻ろう。なぜか、その皮はてらてら光り、ぬらぬらと濡れていた。皮をむくと、納豆に似た臭いがより一層鮮烈になり、中味はぐちゅぐちゅ、噛むとべろんべろん……。やけにグロい。黙って食べてたくましく消化したけど、ありゃあ一体何だ? 最近のやわな子供が食べたら、食中毒になりそうなしろものだった。

 かつて、木谷家の朝食は、ごはんに納豆を常とした。だから、バナナ事件の翌朝も、ごはんに納豆であった。納豆のにほひがバナナとダブって、嫌だった、すごく。しかし、大人に逆らう方法がよく分からなかったよい子の僕は、いつも通りに納豆をかき混ぜるしかなかった。器に醤油を垂らし、お箸で時計回りとは反対方向にぐりんぐりん。悲しくも粘り気を出して、黙々とごはんにかけた。それは、あまりにも普段と変わらない朝だった。何か、こみあげるものがあったらしい。

 連続事件だったのである。

 今は、自らの意志で拒否できる。納豆とバナナは、しばらく食べないつもりだ。
 ブーツを脱ぎ履きするたび、くたっとなってちょっと曲がったくらいのロングブーツって、バナナに似ているのかもしれない……と錯覚に悩んでみたり、ブーツの中に納豆が入っているような嫌ぁな気分に襲われて、消臭スプレーを買ったり。きぼちわるくてしょうがない。冬も雪も好きな私だが、早くブーツがいらない季節になってほしいと、今年ばかりは切実に願っている。

kotaniriko

2005-01-20 21:58:36 | Permalink | コメント(2) |



■ 初めましてなような、そうでもないような。
お邪魔いたします。
いつも冴えてますね、りこさんの文章!
今日のも最高です。続き楽しみにしております。
昼行灯のマサ (2005-01-20 23:15:48)

■ あらん。こちらでは初めまして。
ようこそお越しくださいました♪
わたし、昼行灯のマサさんの文章が好きなんですよ。useless_noteを、時折覗き見しています。マサさんに面白がってもらえて嬉しいです。
木谷梨子@管理 (2005-01-21 22:10:01)

名前 :
タイトル :
URL :
コメント :

新品、未使用、ゴミ箱行き >> | メイン | << パリダカ出勤